野生復帰的移住



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社会でそれなりに辛い思いをしてから来てください。笑

吉田佑介さん(37歳)元職人・京都市から移住 田歌舎勤務


夫婦で月20万の収入で十分暮らしていける。

吉田佑介(よしだ・ゆうすけ)さん、37歳。妻、綾子(あやこ)さんの妊娠10ヶ月の子供。家族で田歌地区に住む、数少ない田歌舎の正社員三人の一人。

佑介さんが美山へ移住するきっかけは、6年前。それまでは、竹を切り出し建材として加工する会社で竹職人をやっていた。もともと山を歩くのが好きで、美山に来た際に、たまたま田歌舎を通りかかった。そこで、藤原さん(田歌舎代表)の奥さんである有さんと話したのが出会い。自分から志望して、研修生になった。28歳で結婚していたから、綾子さんと一緒に美山に来るのは結構思い切ったが、二年間研修生をやって社員になった。

– 経済的には?

佑介:そんなに大変じゃなかったですね。お金を使うところもない。食べものは田歌舎で十分賄え、家に持ち帰ることもできるし。家賃は2万円。車は二台だけど、ほとんど美山町内への移動だからそれほど大変でもないです。収入は、研修生時代は養鶏場でもアルバイトをしていたので、一人月約10万円、夫婦二人で約20万円稼いでいました。確定申告してもほとんど税金はかからない額です。今は、僕が一人で稼いで、20万くらい。一人分の収入は二倍になった。京都市内に住んでいる頃から比べると、収入自体は半分以下になったけれど、貧しくなったかというと、そんなでもないですねぇ。

京都市内でも初任給17〜8万程度、家賃は少なくとも5〜6万くらいはかかる。田舎なら1人で月2万くらい、夫婦で3万円くらいの家があれば暮らせる。子供が生まれて、どれくらいの収入があれば安心して育てていけるかというと、年収400万くらいを稼げれば、子供2人いても、塾とか教育費を十分賄えるんじゃないかな。


田歌舎の研修生のお給料は、一日1,000円

– 美山での生活は、どんなふうに始まったんですか?

吉田:田歌舎の研修生は、お金は基本的に貰えなくて、僕の場合はたまたま一日1,000円だったから、「えっ!1,000円ももらえるんですか!」って。笑。

佑介:嫁さんには反対された。一日1,000円もらえる、かも。と言うと、「何言ってるの?」という感じ。最初一年は僕だけが美山に来て、嫁さんは京都市内で自分の仕事を続けるという話も出ましたが、結局一緒にすぐに来ましたね。嫁さんの両親からも、そういう生き方もあるんじゃないかって理解してもらえています。

仕事は、草刈りから始まりました。田歌舎の建物を建てる段階だったんで、木を運ぶ、砂を運ぶ、ひたすらものを運ぶ仕事でしたね。技術は、他の人から見て盗めと。その次は家畜、山羊と鴨。家畜を扱えないと動物の気持ちはわからない。犬は多少人間の言葉が分かるけど、普通はそうじゃないから、言葉で伝えるんじゃなくて、自分がどう接したかによって動物が反応してくれる、っていう姿勢を身につけなければならないのです。自然と向き合う仕事には、段階があるんですね。猟も罠の次に鉄砲という風に…。

– 罠猟って最初からそんなに獲れるものなんですか?

佑介:最初の一ヶ月は、鹿が一頭かかったけど、二頭目はなかなか、かからなかった。趣味と仕事と両方で山を歩いて、獣道を探していたので、鹿が歩く道を見つけること自体はすぐにできるようになった。むしろ、罠を踏んで、弾かれていることが多かったです。バレてないんですけど、鹿の踏み込みが甘いとかあるんでしょうね。今では、目の前に木を置いたりして、踏み込む瞬間の力のかかり方まで考えて罠を仕掛けるようになり、年間50頭程かかるようになりました。

– 猟師仲間からは鉄砲もやってほしいという話にはならないんですか?

僕は始め猟師になろうと思ったときに、鉄砲はずるいなと、やりすぎるんじゃないかという思いもあった。北海道で昔鉄砲を使い始めたころに取り過ぎたという話を聞いたりもして。鉄砲には猟期があるけれど、罠の場合は通年でやれるのがいいですね。


スキルアップすることで収入が上がっていく

佑介:獲る方をもっとやれれば、冬は田歌舎はもっと狩猟集団になると思います。猟をするところから、解体してお肉にするまで全てやれるっていうのはすごく魅力的に感じる人もいるはず。

– ところで、どんな人に移住してもらいたいですか?

佑介:生活をデザイン出来る人が来るといいですね。田んぼも畑もしながらデザインもできる人。そんな生活がいいかと。それからもちろん、自給自足していきたい人に。僕自身は、スーパーで買うものの得体が知れなくなってきた。一番判断できるのが、自分で採ったものだと思った。あと、世界中からものが運ばれてくる輸送のエネルギーのことを考えると、薪とか畑とか、自分の身近で一番少ないエネルギーで生活したい。

– 離脱する人。こういうのは失敗する、っていうのはあります?

佑介:二十歳そこそこの若さで来てしまうと、理想と現実のギャップが大きい。「田舎で自給自足、ゆったり時間があって素敵」っていうイメージだけでは苦しくなります。予想以上に何かと忙しい。社会に出て、それなりに辛い思いをしてから来てください。笑。たくさん遊んでから来てください。

-なるほどね。田舎の仕事のスタイルは、都会みたいに専門分野に分かれてしまうと、一年を通じて価値を生み出すことができないからなんでもかんでもやれるようにならないといけないんですね。また、狩猟のようにスキルや経験が上がれば、捕獲数や収入に繋がっていく。これらを丁寧に積み重ねていく先に豊かな自給的な暮らしがあるわけですね。

– 綾子さんにもお話を伺ってみたいのですが、実際の住み易さはどうですか?

綾子:ここは鮎釣りの聖地で、ずいぶん前から移住が始まっていたんですけど、最初の世代の人達は、だいぶ人間関係にも苦労されてきたみたいです。その先輩達が築き上げてきたものの上で受け入れてもらえているのでとてもありがたいです。あと移住がしやすくなったのは、インターネットがあるっていうのが大きいですね。私達が入る前は、インターネットの回線速度はまだケーブルテレビではなく速くなかったし。インターネットを通じて買い物が出来るのでとても便利です。


また町の暮らしに戻りたいとは思わないです。

– 移住してからの一番の変化は?

綾子:舌が肥えました。山のように美味しい旬のものが手に入るんで。冬にトマト食べたりキュウリ食べたりとかはしない。季節ものがすごく待ち遠しい。春は山菜、五月に朴葉飯を食べたら六月がちょっとあいて、七月から夏野菜が採れ、秋はきのこ。

ここに住むまでは暗い部分がクローズアップされていました。アクセスが大変、スーパーはない、コンビニもない、って。でも慣れました。いま、普通に暮らしてることが幸せ。ときどき私、考えるんです。横浜で生まれて京都で結婚するまでは想定内だったんです。まさか美山に来るとはねぇ。でもまた町の暮らしに戻りたいとは思わないです。最初の一年によく喧嘩したのは、田舎暮らしは忙しくて生活リズムが読めないからです。二年目以降は楽しくなりました。冬は寒いけれど春がほんとに嬉しい。目にも心にも。

いま臨月なんですけど、車で一時間半のところにある亀岡の病院まで通っています。子供を産むときには、遠いのが怖いけれど。近所のおばあさんは60年前の真冬の二月に、産婆さんも来れなくって一人で産んだって。そんな話を聞くと、なんとかなるかなって。ここは、なんかしらの行事でおじいさん、おばあさんまで繋がれる。幅広い年代の人とお付き合い出来るのは、とても良いことだと思う。私達にとって田舎の暮らしが新鮮であるように、田舎で育った子供達は都会が新鮮に感じるようになるのでしょうね。

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